初めての出産、不安な私を勇気づけてくれた看護師さん

娘が産まれてもうすぐ1歳半になりますが、色々なことがあった妊娠、出産について書きたいと思います。

妊娠の兆候があり検査薬で陽性も出たため、産婦人科へ行くと妊娠が認められました。
そこは町の小さな産婦人科ではありましたが色々な人に話を聞いてもネット等の口クチコミを見ても非常に良さそうな病院だったので、
この病院で産もうと考えていました。
3ヶ月、4ヶ月ほどまでは順調だったのですが5ヶ月目程度から胎児が成長していないというように言われました。
ある程度様子を見ていてくれたのですが、
やはりだめだという事でこの病院では見れないという事になり大学病院の紹介を受けてそちらで診てもらうことになりました。
不安で不安で何も手につかなくなり毎日夫とともに泣いていました。
大学病院での検診を何度か受け、若干体重は少ないとは言われていましたがなんとか臨月まで迎えることができました。
そしていよいよ出産予定日になり、その大学病院に入院することになりました。
1日が過ぎ2日が過ぎましたが、産まれてくる兆候はありませんでした。
その時担当の看護師さんが言ってくださったのが、
今の時期、色々な友達や知り合いからたくさんメールが来るかと思います。
もう産まれたかな?というような内容のメールが多く来るかと思いますがすべて無視するようにしてくださいね、
気持ちが焦るだけですからと言っていただいたのが気持ちが少し楽になりました。
この方も出産を経験し、子育てしながら、パート看護師として働いているそうです。【看護師 求人 パート 横浜
実際に姉や友人からそのような内容のメールもきておりました。3日過ぎましたが何も兆候が無かったため、
先生から今日何も無ければ明日陣痛促進剤を打ちましょうかと話がありました。結局その日も兆候は無く、翌日に陣痛促進剤を打つことになりました。
朝から数時間おきに促進剤を打ち、夕方前頃からいよいよ陣痛が来ました。そこからは出産までは非常に早いものでした。
分娩室に運ばれ、痛みと緊張でうまくは出来ませんでしたが以前の講習で習った呼吸を繰り返しました。
大学病院の学生が研修の為に何人か立ち会うという話を事前に聞いておりその時は恥ずかしいなと思いましたが実際のその場では痛みで何も思いませんでした。
そして待望の赤ちゃんは数分後に無事に出てくれました。
最初の不安があった為無事に元気な赤ちゃんが産まれてくれた時には感動と感謝で大泣きしてしまいました.

薬剤師が語る現場の裏側

医療現場の裏側をできる範囲、わかる範囲でお伝えしようと思います。

まずは表の部分ですが、医療現場は、「大変」「かっこいい」「看護師さんがカワイイ」などさまざまあると思います。現実は少し違うのではないかと思っています。医療現場において忙しい部署(救急救命など命の最前線で活躍している人)はあります。しかし、部署によっては、そうでもないところは大半です。

ある医療関係者の話では、整形外科の部署は、めちゃめちゃ暇だと聞いています。特に夜間帯はよっぽどナースコールや急変などが起こりにくいところなので、夜勤スタッフは給料泥棒だと一部では言われています。現実問題そうなのかもしれません。認知症の人が多いわけでもないので、頻繁にマットコールが多いわけでもないので、忙しくはありません。全国の医療現場がそうだとは言っていませんが、一部ではそういうところもあるのが事実です。

他には、たいていの方の印象が強いと思いますが、”人間関係がいい”ということには程遠いかもしれません。医療現場は、女性同士が多いですので、それなりに人間関係は最悪ではないかと思います。表の顔と裏の顔がありますってことがわかればいいと思います。人の悪口を言ったり、新人の子にめんどくさい仕事をおしつけたりとさまざまですが、あります。新人の子は一生懸命ですので、言われたことをきちんと行いますので、体がもたないと思います。それに比べ、上の人たちは、新人の子にナースコール対応をやらせたり、自分が気になる疾患ではない人の対応を新人の子にやらせたり(認知症などがあるとめんどくさいと思っている人もいるということ)さまざまありますので、そういうのは当たり前だということを思っていたほうがよいかもしれません。

「看護師さんがかわいい」というのはたいていあてはまるかもしれません。特にかわいい子が多いところは、大学病院や県病院などの大きな病院に多い印象があります。私は薬剤師ですが、薬剤師はかわいい人が多い・・・どうでしょうか。ご想像にお任せします【薬剤師 求人 久留米

看護師さん忙しすぎると大変なことになっちゃうよ

3年前の事です。私は、交通事故で肩の鎖骨が砕けて全治2か月の重症を負いました。その時入院していた部屋で起きた不可解な事があります。

首が回らない私は食事が自分ではできなく看護師に頼まないと食べれないんですが、初めのうちは丁寧にすこしずつ口に運んでくれていたのですが、いつからか顔をちかずけないと食べれない位置にまでしか持ってきてくれなくなったんです。看護師さんに毎回お願いしてみるものの一向に変わる気配がしないんです。

そんな時、隣のベットに、がタイのいい男の方が入院してきたのですが、どうも喧嘩か何かで、顔が腫れあがっているんです。話もできないような重症で気の毒でした。やはりその方も食事が自分ではできないくらいにぼろぼろになっていたのですが、看護師さんは丁寧に介護してるんです。僕の時より優しくしてるように見えました。食事の時なんて「あーん」なんて声聞こえてくるもんだから、すごい嫉妬してしまったんです。

隣の方もしゃべれるようになってきて、なかよくなりお話しできるほど回復しました。やはり隣の方は、暴走族と喧嘩してぼこぼこにやられたらしいんです。相手は20人だったそう。びっくりですよね。そんなたあいもないおしゃべりしていると、看護師さんの話がでました。結構若くてそこそこスタイルの良い好みのタイプだったんですが、話を進めると隣の方曰く、その看護師さん、ヤバイ人らしいんです。

どうヤバイのかと思って聞いてみると、かなりのうつ病らしんです。看護師さんで、うつ病って・・・と思いましたが、どうも院内では有名らしんです。隣の方はそのことをすぐに察したみたいで、看護師さんに会うときはすごく優しくしているんだそうです。そのせい?で隣の方への対応も僕に比べて優しかったのかと妙に納得しました。僕は看護師さんには普通に接していたんですが、これではどちらが患者かわからないじゃん、と思いました。

看護師の仕事は大変で、離職率も高いし、転職率もほかの職種より高いんだとか。確かに看護師の求人って多い気がしますよね。あの看護師さんは今も頑張っているのか気になります。うつ病を乗り越えてくれてるといいんですが・・・【看護師 求人 武蔵村山

パートでも条件のよい看護師求人をみつけやすいそうです

この冬に初めての子供が生まれました。
当初は2月上旬の予定で妻とも「早生まれだね~」なんて話していたのですが、12月の下旬の深夜に妻の「お腹が痛いの」という一言で慌てて病院に行きました。出産に関しては当初より高齢出産のため何かあったときに直接対応してもらえる総合病院のほうが安心だねと話し合って総合病院にお世話になっていました。

初めてなのでほかの病院と比べることはできませんが、深夜でもしっかりとした対応をして頂きとても感謝しています。予定より早く陣痛が始まる体になってしまった為、最後の二人きりのクリスマスやお正月を過ごす予定だったのですが、先生から「年明けまでは帰れないと思ってください。」とコメントがあり、陣痛を止めて出産を遅らせる薬を使い絶対安静を言い渡されてしまいました。年末年始の予定はすべてパーで少し残念でしたが、それよりも母子ともに安全であることが最優先される事態だったのでパパになる身としてはなるだけ不安にならないように努めていました。

クリスマスイブの朝誰もいない家で一人はさみしいなと思いながら寝ていると電話が鳴りました。出てみると妻で「急いで病院に来てほしいんだけど」と聞いたときに、なんやらやばいかなあとすぐに病院に向かいました。病院では痛さに耐えている顔をしている妻がベッドの上で寝ており、先生から「もう陣痛を止めるのは無理かもね。はやく産まれたがってると思う。出産の方向に処置を変えますがよろしいですか?」と言われ、こちらも「お願いします。」と返事をしました。

その日一日は今でも克明に覚えていますが、処置変更の後から陣痛に耐える妻の横でひたすら痛みを和らげることができればいいなと、マッサージや体をさすっていました。夕方には本格的に陣痛が来て、無事夜の10時に娘が生まれました。最後の二人きりのクリスマスの予定だったのですが、最初の三人のクリスマスになってしまいました。

無事産まれたことにほっとしたのですが、病院の先生と助産師さんの対応が見事で信頼していたせいもあって私的には今回の出産にはなんの不安もありませんでした。予定よりもかなり早い出産だったとはいえ、この病院のスタッフならなんなく無事に出産を助けてくれるだろうという強い安心感がありました。

それにしても看護師さんやお医者さんというのは本当に大変なお仕事ですよね。私なんて夫婦二人でのクリスマスが・・・なんて言っていましたが、シフト制とはいえ、クリスマスも正月もないようなものでしょうし、24時間勤務ですもんね。妻を入院中に仲良くなった看護師さんに至っては、小さな子供を抱えたお母さんで、パートとして復帰したばかりの看護師さんだったようです。そんな風には全く見えず、てっきりベテランの看護師さんなのだとばかり思っていました。今はこういうサイトがあって、パートでも条件のよい看護師求人をみつけやすいんだとか。⇒看護師求人札幌|条件のよいパート転職できたよ【※私の体験談】

医療関係者の方々には本当に頭が下がります。妻とは今でもあの病院にしてよかったねと妻と話しているのですが、このような病院に巡り合えたことが良かったと思っています。

20年ぶりに再会した昔の友人

ピアノ久しぶりにジャズが聴きたくなって、ジャズクラブに行きました。

実は、私は20年くらい前にジャズシンガーを目指していたことがあり、ジャズクラブや高級クラブなどで歌っていました。
その頃知り合ったのが、ピアニストのI子。彼女は音大を主席で卒業するも、権威がはびこるクラッシックの世界を嫌い、そちらには進まず、高級クラブを掛け持ちしてラウンジでピアノを弾いていました。

その働き方はバイタリティあふれるもので、片方の店で30分演奏した後の30分休憩中に、他の店で演奏して、また走って元の店に戻りピアノを弾くというもの。私は曜日ごとに違うお店で歌っていたので、時々夜の街の通りで、ロングドレスの裾を持って、全速力で駆け抜ける彼女とすれ違うこともありましたが、そのスピードに挨拶さえもままならず。

たまに同じ店で一緒になった時に短い会話を交わしたり、彼女が休みの日にジャズの仕事を入れている時に誘ってもらって一緒に仕事したりした時に話したり、お店に出勤する前にミュージシャンやお店の女の子たちの行きつけの喫茶店があるのですが、そこで出勤前の腹ごしらえの時にばったり会ったらおしゃべりしたり。お互い忙しく飛び回る生活の中で、話す機会は少なかったのですが、でも会えばうまが合うというか、話しに花が咲いて熱く語りあったものでした。
その後、私は自身の才能の限界や諸事情でジャズ歌手をあきらめ、家庭に入ったため彼女と会うこともなくなりました。

それが先日、20年ぶりにジャズクラブでばったり会ったのです。
彼女は相変わらず、高級クラブを掛け持ちしてピアノを弾く生活を送っているとのこと。相変わらずパワフルで、前向きで、ジャズを心から愛していて。私があきらめたジャズの世界でいまだに頑張っていて、感動しました。

住む世界は変わってしまったけど、彼女が頑張っているのだから、私はこの世界で頑張ろう!と元気が出ました。
昔の同士が違う世界で頑張っているというのは、勇気をもらえますし、現在の彼女を見て、私は彼女といい時代を一緒に過ごせて幸せだったな、と感慨深いものがありました。